Samuel Mujuru

ムチャテーラー・ムジュル(右)
© The University of Chicago Press "The Soul of Mbira"

ムジュル家の総本山であるダンバツコは、車でハラレから南東に約4時間走ったところにある。広大な村の敷地内には電気も水道もなく、ファミリーの家がポツリポツリと建っているだけだ。

ダンバツコでは毎年、4月と9月にセレモニーが開かれる。そのうち9月に行われるのは雨乞いのセレモニーである。その時ばかりはジンバブエ中に散っているムジュル家の面々がダンバツコに帰ってくる。日本で言えばお盆のような感覚だろうか。

1日目、まず親戚同士が挨拶まわりをする。それが済むと、ファミリーは歴史的に由緒のあるムジュル家の遺跡に集まる。この遺跡は昔のムジュル家の集会所であり、白人との和解を求めてムチャテーラ・ムジュルがスピリットを降ろした場所でもある。ムチャテーラ・ムジュルとは、エファットやサミュエルの祖父でダンバツコの創始者であり、ミディアム・スピリット(交霊能力)を持った人物。イギリスからの独立戦争の時にこの建物は粉々に破壊され、今では建物の基礎の部分と壁の一部が残っているのみである。

昼過ぎになると人々は靴を脱いでその中に入り、火をおこし始める。日本のように薪にはせず、まず小枝などで火種を作り、それを切ってきた大木の塊にかざして火をつける。やがてじっくりと燃えて長持ちする火がつく。これからこの大木の塊は三日三晩燃え続けることになる。その火を見ていると、やがてセブン・デイズと呼ばれるジンバブエの儀式には欠かせない酒が振る舞われる。酒を飲んでガヤガヤとしていると、そのうちどこともなくムビラの音が聞こえてきた。ダンバツコ・チューンの低い音を少し持ち上げる軽やかな演奏だ。

夜も更けてくると、ムビラ奏者の横に並んでいた3人の降霊師たちがなにやら呪文を唱え始めた。
それに従ってトランス状態になる人や、気持ちが高ぶって踊らずにはいられない人たちがでてくる。
そしてそれを促すように、ムビラの演奏は続けられる。
このように地に足をつけて火のまわりを踊っていると、地と天が1つになって自分の中に解けてくるようである。
その流れの中で踊りたい者は踊り、酒を飲みたい者は酒を飲み、眠たい者は眠りに就いていった。

翌日、その遺跡に敷かれたゴザの上で目覚める。2日目は午前中から神に捧げる生け贄の儀式が行われた。大きな老牛が遺跡から少し離れた大きな木につながれる。牛は緊張気味だが、興奮することはない。そのうち、斧をもった執刀人がやってきて牛の頭を撫でた後、斧を大きく振りかぶり牛の首筋のあたりに打ち込んだ。羊などと比べると牛の体が大きな分、血も大量にドクドクと流れ出る。そして、牛が体をゆらりとした瞬間、ドーンと倒れた。そして解体が始まり、それは手際よく肉にされていく。臭いを嗅ぎつけてか、野犬が寄ってきて、スキあらばの様子でそれを見ている。
しばらくして、牛の血で臓物を煮込んだものが昼食に振る舞われた。捨てるところなど1つもないような料理法だ。昼食のあとは再びムビラ演奏が始められ、それに合わせて神への祈りのダンスが繰り広げられた。人々の高揚の中、静かにスピリットが降り始め、それが降り始めた者は体をガクガクと震わせて肩や手足を痙攣させている。その者をいたわるように、周りの人々が敷布をかけている。中には鳥のような奇声を発するような者も出てきたり、身体に障害を持つ人や脳に障害を持つ人も入り交じって踊り狂い、大いに盛り上がり、祭りはピークに達していく。それは全てが1つになる瞬間だ。天と地と人が・・・。

セレモニーの様子を聞くには下の”サウンドボタン”をクリック

   

セレモニーの模様を聞く

マスターピース へ 工房 へ

アーチストトップへ サミュエル・ムジュル トップへ

 


 

HOME  |  イベントカレンダー  |  ムビラとは  |  アーティスト紹介  |  ショップコーナー  | 
リンク集  |  更新履歴  |  通信販売法に基づく表記  |  お問い合わせ  | 
このサイトの著作権はすべてムビラジャンクションに帰属します。掲載の文章、写真、図表、音源等の無断複写、無断転載を禁じます。
Copyright © 2007 Mbira Junction All rights reserved.